遠野

ポラーノまつり出展のため初めて訪れた岩手県。
せっかく岩手まで来たのだからどこかに寄って帰ろうと思い地図を見ているとそんなに離れていないところに遠野市がありました。
遠野といえば、大学生のころ遠野物語を読んで河童やら座敷童やらが登場する不思議な話が本当にあった話として伝わっているというのがとても興味深くていつか行ってみたいと思っていた所でした。

ということでポラーノまつりの翌日、遠野まで足を延ばしてきました。
朝から3時間ほどしか滞在できなかったけれど、河童がいたといわれているかっぱ淵
とか姨捨の場所だったというデンデラ野とかに行き、タイミングよく民話の語り部のお話を聞くことが出来たりして3時間にしては密度の濃い旅ができました。

遠野の地域のあちこちには伝承の場所が点在していて、遠野は物語が実際に生きている土地だなとか、生き生きとした物語だからこそ永く言い伝えられるのかとか、そんな物語を生き生きとしたまま伝えてきた人々はきっと心が豊かなんだろうなとかいろいろ感じた遠野の旅でした。

宮沢賢治とか遠野の民話とか、岩手県には物語を育む豊かな土壌があるんだなぁなどと感慨にふけったりして私も少し心豊かな気持ちになって岩手を後にしたのでした(笑)。

ありがとう岩手!
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デンデラ野とは60歳になった老人が捨てられた所だということだそうで、捨てられた老人は子に背負われて野に捨てられて、村ではもう亡きものとされる。日中は田に出て作業を手伝うけれど夕方になったら家ではなく野に戻る生活をしながら死が来るのを待ったのだそうだ。
実際にその場にたって辺りを見渡すと村があるところはそんなに遠くないし、ここに住む人はどんな気持ちだったのだろうかと考えてしまう。十分に働けなくなった老人は家族の迷惑にならないように生きながら死んだ者となって村を離れて静かに死を待つ。村の家族もいつかは自分もあちらに行くと思って暮らす。それでも日中は田畑で顔を合わせて一緒に過ごす。一緒にいるけれど生者と死者。夕になったら村に帰るものと野に帰るものに分かれる。そういう家族のあり様。
暮らしの中に死がはっきりと一つの位置占めている。
この世の中に死は共に存在している。

そんな風土だからこそ目に見えないものが感じられたり見えたりするんだろうな、その感性で見たらきっとかっぱだって座敷童だっていたに違いない。
などということが自然に思えるような空気を感じた遠野の旅でした。

もしかしたら、昔は日本中のどこでもこんな風だったのかもな。


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by gekkousou_stg | 2018-06-06 08:10 | 月光窓の日々 | Comments(0)


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